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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)3728号 判決

原告

松浦輝海

被告

南国石炭石株式会社

ほか一名

主文

一  被告両名は各自、原告に対し金一八三万一、一一五円および、うち金一六六万一、一一五円に対する昭和五〇年一二月二一日から、うち金一七万円に対する昭和五三年八月二二日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告両名に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を被告両名の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

「(一) 被告らは各自、原告に対して金二九八万五、〇四三円および、うち金二六八万五、〇四三円に対する昭和五〇年一二月二一日から、うち金三〇万円に対する昭和五三年八月二二日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告らの負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告ら

「(一) 原告の請求を棄却する。(二)訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  事故の発生

昭和五〇年一二月二〇日午後四時一五分ころ高知県吾川郡伊野町波川所在の仁淀川橋上において原告が同橋の南側の橋枠の欄干に上がつて立ち、橋枠の塗装工事に従事中であつたところ被告森田武夫が運転し、東から西に向かつて進行して来た大型貨物自動車(高一一や二〇五三号。以下被告車という。)の左前部に取付のバツクミラーが原告に接触し、その衝撃で原告は橋上に転落した。

(二)  被告らの責任

1 被告南国石灰石株式会社(以下、被告会社という。)は本件事故当時被告車を自己のために運行の用に供していた者であるとともに、被告森田の雇主であり、同被告は被告会社の業務執行中後記の過失により右事故を発生させたものである。

2 被告森田は被告車を運転中は絶えず前方を注視して橋梁上の作業員の存在および動静を確認して、ハンドル、ブレーキを適当に操作して同作業員である原告との接触を回避すべき注意義務があるのにもかかわらず、右注意義務を怠り漫然と同車を運転し事前に原告に気付かなかつた過失により前記のとおり右事故を発生させたものである。

(三)  損害

1 原告の受傷第一一、一二胸椎圧迫骨折、左第五、六、七 九肋骨骨折、外傷性頸痛症、右肩・右上腕各挫傷

2 治療経過

入院

昭和五〇年一二月二〇日から同月二四日まで吉野外科に同年一二月二七日から昭和五〇年一月一三日まで長原病院に。

合計二三日

通院

昭和五〇年一二月二五、二六日、昭和五一年一月一四日から同年六月一〇日まで同病院に(うち実治療日数三五日)。

3 後遺症

長時間作業、疲労時、悪天候のときに腰背痛、右胸痛(激痛)が発来する。

4 損害額

(1) 治療費 五四万五、一八三円

(2) 胸椎装具購入代 一万五、三〇〇円

(3) 文書料 六、五〇〇円

(4) 通院交通費 一万〇、〇六〇円

(5) 休業損害 一六〇万八、〇〇〇円

原告は昭和一一年一二月七日生まれの健康な男子で本件事故当時大同塗装工業株式会社大阪支店に塗装工として勤務し、昭和五〇年九月から一一月までの三か月間に七四日稼働し、合計八八万八、〇〇〇円の賃金を得ていたが、本件事故日以後は昭和五一年五月三一日までまつたく稼働できず、収入がなかつた。前記の事故前の収入に照らすと稼働一日当りの収入は一万二、〇〇〇円になり、前記休業期間中の稼働日数は一三四日と推定されるので、その間の休業損害は計数上標記の金額となる。

(6) 慰藉料 一三〇万円

本件事故の態様、原告の受傷、治療経過、後遺症の部位、程度その他諸般の事情をしん酌すると右事故により被つた原告の精神的苦痛に対する慰藉料は標記の金額が相当である。

(7) 弁護士費用 三〇万円

(四)  損害の填補

以上、合計すると、原告の損害額は三七八万五、〇四三円となるが、原告は前項の4の(1)ないし(6)の損害につき自賠責保険から八〇万円の支払いを受け、同額の損害が填補された。

(五)  よつて原告は被告両名に対し連帯して残損害額金二九八万五、〇四三円およびうち弁護士費用を除く金二六八万五、〇四三円に対する本件事故発生日の翌日である昭和五〇年一二月二一日から、同費用金三〇万円につき本判決言渡の翌日である昭和五三年八月二二日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの答弁

請求原因(一)は認める。同(二)の1のうち被告森田の過失は否認するが、その余は認める、2は否認する。同(三)の1、2は不知、3は否認、4は不知、同(四)のうち原告が自賠責保険から八〇万円の支払を受けたことは認める。同(五)は争う。

三  被告らの抗弁

(一)本件事故現場の橋の上は車両の通行量が多くしかも右事故当時なんらの通行制限もなされていなかつたので、橋梁上で工事中の原告は通行車両の動静に注意を払い、車両と接触しそうな場合には工事を一時中断して退避する注意義務がある。また、右現場には交通整理や、危険な場合工事従事者に注意を促すことなどに専従する監督者はおらず、現場責任者である原告が塗装作業に従事するかたわら右監督業務も合わせて担当していたものであり、同所付近には工事中であることを表示する立札もなかつた。原告は命綱をつけるとか、網を張るとかの転落事故防止の措置をなんら講ずることなく、被告車の対向車線上の車両の進行を見ながら作業をしていたものであり、被告車の接近にはまつたく気付いていない。かつ、被告森田は橋梁から約三〇センチメートル横の間隔を置いて被告車を運転していたから原告の身体はかなり道路上にはみ出ていたと認められる。したがつて、仮に同被告に本件事故発生の原因となつた過失があるとしても、原告にもそれに寄与した重大な過失があるので、被告らの賠償額の算定に当つて相応な過失相殺がなされるべきである。

(二)被告らは原告が自認する保険金のほかに、原告に対し三一万五、一八四円を支払つている。

四  右抗弁に対する原告の答弁

被告らの抗弁(一)は否認する。(二)のうち二〇万円(合計して填補額は一〇〇万円)の受領は認めるが、その余の支払は不知。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  しかし、同(二)のうち、被告会社は被告車につき同会社が自賠法三条の運行供用者であることは認めるが、被告森田は自己の過失を争い、被告らは原告の過失を根拠にして過失相殺の主張をするので、まず、本件事故発生の状況について検討する。

(一)  前記の当事者間に争いがない事実に成立に争いがない甲第一〇ないし一三号証、第一五ないし一八号証、証人草野博の証言、原告および被告森田武夫(一部)各本人尋問の結果を総合すると次の事実を認めることができ、同被告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてたやすく措信することができない。

1  本件事故現場は長さ約三〇〇メートルの仁淀川橋の西詰から東方に約一六〇メートルの地点で、同橋上は東方から西方に通ずる車道幅員約五・五メートルの二車線のアスフアルト舗装の平坦な道路になつていること。

2  原告は昭和五〇年一〇月二〇日ころから大同塗装工業株式会社の下請として六人の塗装工と共に同橋梁の塗装工事に従事し、右事故当日は同工事もほぼ終了に近づいたので、橋梁に取付けた足場である材木やワイヤーなどの解体作業を指揮監督し、他の従業員が橋梁に昇つて取りはずした物件を道路上で片付けて、車両に積み込んだり、道路上の通行車両を手で合図して一時停車させたり、通行させたりするなどの交通整理を行なつたりし、右事故時ころには西行車両を避けるため高さ約九三センチメートルの橋の南側の欄干上に上がり、右斜め上に延びている橋の骨組(トラス)を左手で握つて立ち、身体は右肩を約一〇センチメートル道路上にはみ出させて、顔はほぼ北西方向に向けて道路上に面し、右斜めの姿勢になり、橋の東詰方向から進行して来る車両の接近はきわめて見えにくい姿勢でいたこと。

3  同橋梁付近には当日他の業者の従業員も含めて十数人が作業に従事しており、橋梁上に人がいることは橋上の通行車両から一見して判り、また、橋の東詰から東方の道路脇には間隔を置いて「この先塗装工事中」の幅約八〇センチメートル、高さ約一・五メートルの白地に赤色の文字で記した看板が電柱などに取り付けてあつたこと。

4  被告森田は被告車(長さ約六・四四メートル、幅二・四五メートル、高さ約二・六八メートル、最大積載量八トンのダンプカー)を約三〇キロメートル毎時の速度で空車で運転し、道路左端寄りに同橋上を東方から西方に向かつて進行し、西日を顔の正面に受けて眩しいうえ、連続している対向車の方に注意を奪われて、前記のとおり欄干の上に立つている原告に事前に気が付かず、欄干から約一五センチメートル横の距離を置いただけで進行したため、原告に気付くと同時くらいに車体左前部から約九センチメートル突き出て取付けてあるバツクミラーが原告の右肩に接触し、その衝撃で原告は欄干から両足がはずれ、一瞬宙に浮いたが左手で骨組みを強く握つて体勢を整え、欄干を跨ぐようにして道路上に飛び降りたこと。

5  橋上の通行車両はかなりあつたが、被告車に先行のダンプカー四台位はいずれもその運転者が事前に原告に気付いて欄干から相当に距離を採つてその脇を通過しており、被告森田も左前方をよく注視しておれば、原告を事前に気付き、その接触は回避できたこと。同被告は右事故当日の一週間前位から隔日に同橋上を往復しており、当日も右事故時前に採石を積んで同橋上を西から東に進んで東方の伊野町出来地で石を降ろして帰る途中本件事故を惹起したものであり、橋梁上に作業中の従業員がいることは当時十分了知していたこと。

6  原告は被告車の接近には接触するまでまつたく気付いていないこと。

(二)  右事実によれば、被告ら主張のとおり本件事故現場には専従の交通整理員はいなかつたが、「工事中」と表示の看板は橋の手前に取付けてあり、被告森田は当時橋梁上に原告などの作業員がいることは了知しており、左前方の注視をしていれば原告に気付き同人との接触は回避できたと認められるので、前記のとおり右注意義務を怠つた過失により右事故を発生させたというべきである。もつとも、原告は命綱を付けたりなどはしていなかつたが、原告の後記の負傷は被告車のバツクミラーとの接触により生じたものであり、いわゆる高所からの転落事故とはその態様が異るうえ、原告は当日は道路上で作業をしており、通行車両を避けて欄干上に一時待避したもので、同橋上の北側には歩道橋があることを考慮しても、原告がそれまで道路上(南側と窺われる。)で作業し、その後もそれを継続する予定で、暫時の待避措置であることを考えるとその待避場所が必ずしも相当ではないとはいえずまた、西行車両に背を向ける姿勢で立つていたことも必ずしも落度とはいえず、かつ、仮にそちらに顔を向けていたとしても、前記の被告森田の過失を考えると、右事故は原告としては回避できなかつたと認められるので、原告には結局過失相殺の対象として採り上げる程の、右事故に原因として寄与した過失はないといわざるをえない。

三  そうだとすると、原告に対し、被告会社は自賠法三条本文により、被告森田は民法七〇九条により原告が本件事故により被つた損害を賠償すべき債務があり、被告らの右各債務は不真正連帯債務の関係にあるといえる。

四  そこで、右の損害について検討する。

(一)  成立に争いがない甲第二ないし五号証、第一四号証および原告本人尋問の結果によれば、原告は請求原因(三)の1、2に主張のとおり本件事故により受傷し、その治療経過を経たことが認められる。

(二)  なお、同の3に主張の後遺症については前掲甲第五号証(自賠責保険後遺障害診断書)には昭和五一年六月一〇日症状固定した後遺症として、自覚症状は「腰背痛が同一姿勢で長時間続く時、疲労時、悪天候時に発来する。更に左胸痛があり、神経痛様疼通にて腰背痛に時を同じく発来する。」、他覚症状は「腰背部傍せき柱筋の硬結圧痛あり特に自覚症状発来時には圧痛、運動痛著明となる。左胸部肋間に圧痛あり、圧迫により背部に放散する疼痛あり。」との記載があり、また、原告は「現在の身体の状態は雨天時や、寒い時には悪くなります。負傷した左胸部下部の骨のあたりや足などがしびれます。仕事の方は身体が痛い時は休み、ぼちぼち軽い仕事をしています。公休日以外に月に二、三日は仕事を休みます。」旨供述しているが、弁論の全趣旨により成立を認めうる乙第二号証の一、二(後遺障害等級事前認定票および同障害認定調査書)に「神経症状については自訴、他覚的所見ともに乏しく、胸腰椎機能障害は認定基準に達しない。よつて非該当が妥当と考えられる。」「認定等級非該当」の記載があることを対照すると、仮に原告に局部の神経症状が若干残つているとしても、それは特に補償の対象として採り上げる程度のものであると認めるに十分でなく、ほかに、これを肯認するに足る的確な証拠もないので、原告の慰藉料等の算定に当りこれを考慮の対象とすることはできない。

(三)  右認定の事実を前提として損害額の明細についてみてみる。

1  治療費

弁論の全趣旨により成立を認めうる乙第一号証および原告本人尋問の結果によれば原告の治療費に五四万五、一八三円を要したことが認められる。

2  胸椎装具購入代

原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第七号証および右尋問の結果によれば原告の受傷の治療のため必要な標記の費用に一万五、三〇〇円を要したことが認められる。

3  文書料

原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第八号証および右尋問の結果によれば標記の費用に六、五〇〇円を要し、右は相当な損害といえる。

4  通院交通費

原告の前記の病状からみて、長原病院への自宅からの通院のためタクシー乗車の必要は認められないので、通院交通費は電車および地下鉄の料金相当の範囲内にとどめるべきところ、原告本人尋問の結果によれば右料金に往復二六〇円を要することが認められるので、これに同病院への通院回数三五回を乗じて算出した九、一〇〇円が標記の損害と認められる。

5  休業損害

前掲甲第二号証、原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第六号証に右尋問の結果を総合すれば原告はその主張の生年月日で本件事故前は健康な男子で大同塗装工業株式会社大阪支店の塗装業務に現場責任者として従事し、その報酬として賃金の形態で、同支店から昭和五〇年九月から同年一一月までの三か月で平均月収二九万六、〇〇〇円を得ていたが右事故による受傷のために昭和五〇年一二月二一日から同五一年五月三一日までまつたく稼働できず、収入がなかつたことが認められるので、右平均月収を基礎として算定するとその間の休業損害は一五八万五、〇三二円となる。

算式 二九六、〇〇〇×(五+一一/三一)

6  慰藉料

本件事故の態様、原告の受傷、治療経過その他諸般の事情をしん酌すると同人が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料は五〇万円が相当であると認められる。

五  以上合計すると原告の損害額は二六六万一、一一五円となるが、そのうち原告が自賠責保険金および被告らから合計一〇〇万円の支払を受けていることは当事者間に争いがなく、被告らがその余の一一万五、一八四円を支払つたことは認めるに足る証拠はないので、填補額一〇〇万円を控除すると残損害額は一六六万一、一一五円となり、本件事案の内容、訴訟経過、その難易度、認容額等を勘案すると弁護士費用は一七万円が相当であると認められる。

六  よつて、被告両名は各自、原告に対し、残損害額および弁護士費用合計金一八三万一、一一五円およびうち弁護士費用を除く金一六六万一、一一五円に対する本件事故発生日の翌日である昭和五〇年一二月二一日から、同費用金一七万円に対する本判決言渡日の翌日である昭和五三年八月二二日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるので、右の限度で原告の本訴請求を正当して認容し、その余の請求は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担および仮執行の宣言につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項、一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 片岡安夫)

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